| 第1ステージ |
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5月23日 大阪・新日本製鉄内特設コース 96.8km(4.4km×22周) |
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例年、大阪ステージは、泉北の周回コースが使われていたが、本年は、大阪で国際会議が開かれるという関係で、堺市にある新日本製鉄内の特設サーキットで行われる運びとなった。
起伏もほとんど無く、完全なフラットコースであったが、海に面している事もあり、横から吹きつける強風が選手を苦しめた。距離も短い事もあり、1周目から激しい争いが繰り広げられた。そして早速1周目から、約10名の先頭集団が出来上がる。シマノからは、エースである鈴木とスピードには定評のある山本の2人が入る。他のメンバーは、有力チーム各1人ずつしか送り込めず、シマノとしては、いい展開である。
2周目を終え、先頭集団との差は約20秒前後で、後方からは、逃げに乗り遅れたエチェオンドチーム等が、積極的に後方集団のスピードを上げている。しかし、強風の影響で、なかなか差を詰めることができない。肝を煮やしたエチェオンドを含む2名が集団から飛び出し、先頭集団に追い付く。これでほとんどの有力チームのメンバーが、先頭集団に入ったことで第2集団は落ち着く。そしてさらに差はひろがり、1分弱となる。先頭集団では、今日のレースに3回設定されたスプリントポイントを山本がそれぞれ2位・2位・1位と通過し、この日のスプリントリーダー手中にする。 |
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| しかし、先頭にメンバーを送り込んでないミヤタスバル、CCDキナンらが第2集団を積極的に引き始め、先頭との差は徐々に詰まって行く。そしてラスト5周、先頭にメンバーを送り込んでいるものの、メイン集団に待機する水谷に勝たせたいブリヂストンアンカーが第2集団の先頭に立ち、本格的にペースアップをはかる。この動きで、みるみる差は詰まり始め、ラスト3周で山本・鈴木を含む先頭集団は吸収され、レースは振り出しに戻る。 |
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ラスト1周、どこのチームも最後のスプリントに備えてチームで隊列を組み、先頭争いを繰り広げる。集団は活性化しペースが上がる。落車等の影響もありメイン集団は、30名ほどに減る。そして最後は、チーム員の援護を受けたNIPPOのポーランド人ヴィズィアックが抜け出し、優勝。シマノはスプリントの得意な鈴木が、終盤まで先頭集団で逃げていた疲労が残り、不発に終わった。
しかし、山本がスプリント賞を見事獲得。明日からスプリント賞の黄色のリーダージャージを着る事になる。 |
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| 第2ステージ |
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5月24日 奈良・東大寺大仏門前→布目ダム周回コース(約10km×12周) |
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東大寺大仏門殿中門前をスタートし、約18km先の山添村・布目ダム周回コース(1周10.1km)を12周するコースで争われた。
布目ダムの周回コースまでは、パレード区間となっており、実際のレースは周回コースに入った時点でスタートとなる。周回コースは、ゴール前の上りがきつく、そこが山岳賞ポイントとなるため、ゴール前の激しい動きが予想された。
選手たちは、9時に仏門をスタートし。途中、一団が道を間違えるというハプニングがあったものの、10時過ぎには、周回コースに入りレースが始まった。序盤から各チームの積極的な動きのため、ハイスピードの展開となり、1周回目から早くも脱落者が出始める。 早くも3周目には、鈴木と福島康司(ブリヂストンアンカー)の2人が集団を10秒ほどリードし、そのまま山岳ポイントを通過し、鈴木が1位通過をする。この動きがきっかけとなり、集団が分裂し始める。
5周目には、先頭が35名の集団、その後ろ2分差でメイン集団約50名というかたちとなる。シマノは危なげなく6名全員が先頭集団に入る。 さらに6周目には、先頭も11名と24名に分かれる。シマノは、鈴木と山本の2人が先頭に入り、その鈴木が2回目の山岳賞も1位で通過し、山岳賞のリーダージャージを確定させる。しかし、先頭集団11名には、シマノ2名に対し、ブリヂストンアンカー等のライバルチームは3名送り込んでいることもあり、第2集団に残った阿部・廣瀬・野寺は、狩野を先頭集団に引き上げるべく、捨て身で集団の先頭に立ち追撃を開始する。 その甲斐あって、8周目に狩野は数人と先頭に追いつく。これで先頭集団は20名。主要メンバーが入ったこともあり、勝負はこの20名に絞られることとなる。主なメンバーは、シマノは、鈴木・狩野・山本、ブリヂストンアンカーは福島(晋)・福島(康)・田代、NIPPOは、岡崎・広瀬・テテリウク、エチェオンドはロザノ・フランコ、愛三工業の別府、ミヤタスバルの真鍋、マカンディナ2名、オーストラリア2名、GIANT2名、中国1名であった。
残り3周、ここから単独で広瀬(NIPPO)が飛び出す。広瀬は、前日の大阪ステージで30秒ほど遅れていることもあり、集団は見逃してしまう。彼は、そのまま順調に逃げ続け、ラスト2周には、30秒の差をつける。 今度は、後方から別府(愛三工業)が彼を追って単独で追走。少し遅れて福島(ブリヂストンアンカー)も飛び出す。まもなくして、2人は広瀬に追いつき3人の先頭集団が出来上がる。後方では、乗り遅れたシマノが追いに出る形となる。山本・鈴木が狩野のために、捨て身で集団を引き始める。しかし、なかなか差は詰まらず、30秒の差を保ったままである。
ラスト1周を切り、後方集団の動きも激しくなり、ばらけ始める。先頭3人から30秒差で、狩野・ロザノ・テテリウク・ヒューレ(マカンディナ)の4名、さらに20秒差で鈴木・岡崎・田代・真鍋・デヴィット(オーストラリア)5名となる。 結局、追撃の手も及ばず、優勝は3名に絞られる。そこから、ゴールに最初に飛び込んだのは、この中では最も若い別府(愛三工業)であった。そして2位に福島が入った。シマノ勢としては、トップから24秒差で狩野の7位が最高位であった。 |
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| 第3ステージ |
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5月26日 修善寺ステージ 日本CSC内8kmサーキット 120km(8km×15周) |
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このステージは毎年ツアー・オブ・ジャパンのキーとなる重要なステージ。奈良までに、トップと射程圏内につける狩野、鈴木にとって攻撃のチャンスである。
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序盤、阿部を含む6人の逃げ集団が出来る。しかし、その集団のメンバーは既にトップから5分以上遅れており、総合時間争いには関係ない。メイン集団のペースは落ち着き、先頭集団との差も最大3分ほどまで開く。途中の山岳賞も阿部がトップで通過することで、他選手に得点を与えず、間接的に山岳リーダーの鈴木のジャージを守る。
レースも中盤を過ぎると、メイン集団の中から抜け出しを計ろうとする選手が、次々とアタックを試みるが、鈴木・狩野の両エースを後半勝負まで温存するべく、野寺・廣瀬が常にマークに入り集団の動きをコントロール。
後半、先頭集団との差は徐々に詰まり始め、集団の空気が変わり始めた。ラスト6周、先頭集団まであと少しとなったところで、山本が渾身のアタック。先頭集団を単独で捕らえる。しかし、この動きに反応したメイン集団もペースが上がり、すぐに集団は1つにまとまる。レースは本格的に動き始めた。
ラスト5周を切り、狩野やブリヂストンアンカーの福島等が動き始めるが決定的なものにはならない。ついに勝負はラスト周回にもつれ込む。先頭はエチェオンドの外国人選手がコントロールを始める。このチームのエースであるロザノ・ロバート選手は、前の週に行われた東日本実業団ロードでも圧倒的な力を見せた選手であり、エチェオンドのこの動きは彼を最後にアタックさせるためのものであろう。ラスト1周を切り、エチェオンドがスローペースで先頭を引き動きが無い。
シマノは集団ゴールを避けて、タイムを稼ぎたい。野寺・広瀬が最後の力を使って集団のペースを乱す。最後の勝負所、秀峰亭からの登りで田代が福島(共にブリヂストンアンカー)を連れアタック、鈴木が直ぐに反応し頂上では逆にカウンターアタックを仕掛ける。それに付いてきたのはロザノだけ。しかし彼は積極的に引こうとしない。ラスト3kmからの登り、鈴木が前に出て最大40秒の差をつけるが、後ろに出来た狩野、リーダージャージを別府(愛三工業)を含む10人程の集団を、福島のアシストをする田代が強力に引っ張り、10秒差までつめる。狩野がアタックし、チーム・マカンディナのクリスティアン・ホイレと共に先頭の二人に追いついた。鈴木は5秒後の集団に戻り、得意のゴール勝負に備える。 |
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最後の直線で先頭は3人、直ぐ後ろに集団。微妙な差だが後ろから鈴木がスパート。しかし、タイミングを同じく前の3人もスプリントに入り、鈴木のスパートは届かなかった。
最後に鈴木が一瞬の判断ミスで、後ろに下がってしまった事が悔やまれる。しかし、チームは上手く機能し、後半ステージに向け弾みを付ける事が出来た。
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| 第4ステージ |
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5月28日 茂木・ツインリンクもてぎ周回コース 148km(12.38km×12周) |
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| モータースポーツサーキット「ツインリンクもてぎ」を使った、比較的平坦基調のコース。きつい登りこそ無いが、コーナーと細かいアップダウンの連続。それに加え風が強く、平坦といっても気を抜くところが無い厳しいコースだ。 |
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この日は総合成績上位に位置する選手が、他チームのマークを交わして逃げる事は難しい。シマノとしては、翌日の宇都宮ステージでの勝負を考え、狩野、鈴木を無難にゴールさせる事を考えた。そして、山本が初日から着ているポイントリーダージャージを守るため、何とか前半の逃げ集団に、山本を送り込みたい。
レースはスタート直後からハイペースで進む。集団はしばらくペースを維持するが、そのスピードが緩んだ瞬間、カウンターアタックが掛かるのは目に見えている。予想通り、集団のペースが緩んだところを見計らってアタックが開始される。山本もすぐに反応するが決まらず、その後のアタックにより6人の逃げ集団が形成された。 逃げ集団のメンバーは、水谷壮宏(ブリヂストンアンカー)、アーロン・ケンプス(オーストラリア)、グレン・チャドウィク(ジャイアント)、ルイスミグエル・ペーニャス(エチェオンド)、アンドリュー・ランドル(ジェットフューエルコーヒー)。どの選手も総合成績争いには関係の無い選手。リーダージャージの別府を抱える愛三工業が、落ち着いて集団の先頭でペースを作る。
終盤までその形は崩れず、途中の3回のスプリントポイントでは、アーロン・ケンプス(オーストラリア)がすべて1位通過し、15ポイントを獲得する。この時点で、9ポイントを持っていた山本は、逆転されスプリント賞ジャージを失うことになる。
一方、メイン集団では、ステージ優勝を狙うミヤタスバルも前に出て、愛三工業と協力して先頭を引く。先頭の6人の中からもアンドリュー(ジェットフューエルコーヒー)が単独飛び出しレースが動き始めた。ラスト2周、メイン集団ではNIPPOも先頭に出て、逃げる選手との差は徐々に詰まってきた。
ラスト周回、阿部・野寺・広瀬がリードし、先頭のアンドリュー以外の選手を吸収。そのまま最後の坂の入り口までペースを保ち、登りで鈴木が満を持してアタック。しかしこのアタックも決まらず。前を逃げる最後の一人も集団に吸収。最後のスプリント勝負に持ち込まれることとなる。
シマノにはスプリントでも勝負ができる鈴木がいるが、総合優勝を視野に入れ、この日はあえて危険な大集団のスプリントに加わる事を避けた。混戦となったこの日のゴールを制したのはアンドレ・シュルツ(フランクフルト)。 このステージでは総合成績に大きな変動は無かった。いよいよ明日は最後の勝負所、宇都宮ステージだ。
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| 第5ステージ |
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5月29日 宇都宮:宇都宮市森林公園周回コース 154.5km(10.3km×15周) |
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| 1990年、世界選手権が開催されたこのコースは、1kmで標高約100mを駆け上がる登り区間を含む厳しいコース。今回の6ステージの中で、一番の登坂力が必要だが、その後の平坦部分でのスピードも求められる、オールラウンドな力が試されるコースである。総合優勝を狙う選手にとって、大きなタイム差を稼ぎ出す最後のチャンスとなるステージだ。 |
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前日のミーティングで前半から攻める事を決めていたシマノは、スタート直後の上り頂上で鈴木が攻撃に出る。しかし、シマノが最も警戒する福島晋一(ブリヂストンアンカー)もそのアタックにすぐに反応。アジアチャンピオンの鈴木は簡単には逃がせてもらえない。
しかし、その後の動きで狩野を含む6人の逃げが決まる。メンバーはロベルト・ロサノ、セバスティアン・フランコ(共にエチェオンド)、福島晋一(ブリヂストンアンカー)、アイトール・ガルドス(NIPPO)、ブルーノ・ビュティガー(マカンディナ)。この中でもNIPPOとマカンディナの選手は後続にエースが居るためか、先頭に出ようとはしない。
主要チームが前に入った事によりメイン集団を引くのは愛三工業だけとなった。しかし昨日までの疲労により、リーダー別府匠を守るアシスト選手も西谷泰治一人になる。西谷のリードは素晴らしいものだったが、やはり一人だけではどうする事も出来ない。 先頭では、NIPPOのアイトールが山岳ポイントだけを狙いポイントを重ねていく。鈴木がここまで着ている山岳ジャージを守るために、狩野も先頭で阻止しようと試みるが、総合優勝を狙って先頭を引く狩野と、付いてくるだけのアイトールとでは余力の差が大きい。個人総合優勝を最大の目標とするチーム作戦の中で、山岳賞を手放す事は仕方の無い選択であった。
終盤、メイン集団はマカンディナが中心となりペースアップ、前を行く6人との差を一気に詰め、ついに6人は集団に吸収される。メイン集団もかなり小さくなり、集団では最後の攻撃が始まる。その動きで最後に残ったのは鈴木、福島晋一・田代のブリヂストンアンカー勢、ホイレ(マカンディナ)、そして修善寺ステージの覇者ロサノ(エチェオンド)の5人。このまま逃げ切れば、総合でトップになる福島を引き連れ田代がリードする。
最後はゴール勝負となり、ロサノが修善寺に続きステージ2勝目を上げた。ステージ優勝が期待された鈴木はタイミングが合わずに2位に甘んじた。狩野も第2集団に残され、20秒ほどタイムを失ってしまった。この結果により、リーダージャージは、ここまで健闘した別府(愛三工業)から福島晋一(ブリヂストンアンカー)の手に移った。 |
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| 第6ステージ |
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5月30日 東京・大井埠頭周回コース 149.1km(17.5km+9.4km×14周) |
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日比谷公園をスタートし、大井埠頭の周回コースを回るフラットなコース。一見攻撃が難しいように見えるが、リーダーを守るチームにとっても力を消耗するコースである。展開によってはこの日に大きな動きがあってもおかしくない。
レースは序盤から動きがあり10数名の逃げ集団が出来た。シマノはこの中に山本を送り込む。先頭の集団は総合成績で10分以内につける選手がいないため、後方集団ではブリヂストンアンカーが一定のペースで先頭を引く。この状態のままではブリヂストンアンカーの疲労は誘えない。しかし、チャンスは多くない。シマノは残り4周から最後の攻撃を仕掛ける事にした。
レースは終盤まで大きく動く事は無く、ラスト5周に入る。総合優勝争いが掛かるメイン集団内に徐々に緊張感が走り出す。そんな中、集団内でアタックのタイミングを計っていた真鍋(ミヤタスバル)が口火を切りアタック。集団は一気に活性化する。シマノも何とか鈴木・狩野からリーダーの福島(ブリヂストンアンカー)を引き離そうと隊列を組みアタックするが決まらない。エチェオンドのロサノも強烈なアタックを繰り返すが福島のマークは外せない。 前の集団ではステファノ・グエリーニ(NIPPO)が単独アタック、強烈な走りで逃げ切りステージ優勝をもぎ取った。 |
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メイン集団では、最後まで個人総合優勝争いのせめぎ合いが続くが、最後はブリヂストンアンカーが集団のペースを上げ、他の選手のアタックするチャンスを潰す。結局メイン集団は崩れる事無くゴール。福島晋一が日本人初の個人総合優勝に輝いた。シマノは、山本が先頭グループでゴールした事により、最終日にチーム総合優勝を逆転することとなった。
個人総合優勝を最大の目標として臨んだ今大会であったが、福島晋一とブリヂストンアンカーの素晴らしい走りに阻まれてしまった。しかし最後にチーム総合優勝が出来たのは、チームが一丸となってレースに臨んだ結果であり、喜ばしい結果であった。
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| 今回のレースを走り、チームの成長を実感した事と共に、新たな反省点も幾つかあった。それらを一ずつ改善し、次のレースでは必ず結果に繋げていきたい。 |
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